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さようなら、私の本よ! 単行本 – 2005/9/30

4.0 5つ星のうち4.0 22個の評価

絶望からはじまる希望
国家の巨大暴力に対抗するため、個の単位の暴力装置を作る繁と、人類の崩れの「徴候」を書きとめる古義人――「おかしな二人組(スウード・カップル)」は静かに立ち向かう。

●大江氏はおのが本能を制御しつつも、その馬鹿力を解き放つために小説を書く。その小説は社会に仕掛けられた爆弾となる。(島田雅彦氏・朝日新聞)
●戦後60年、三島の予言した空虚が蔓延し、テロへの不安が日常化している今、敢えて混沌に立ち向かう<愚行>が書かれたことの意味は大きい。(山内則史氏・読売新聞)
●これは大江文学の見事な総決算であるとともに、ひょっとしたら新たな始まりを予感させるものなのかもしれない。(沼野充義氏・東京新聞)
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登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 講談社 (2005/9/30)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2005/9/30
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 482ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4062131129
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4062131124
  • カスタマーレビュー:
    4.0 5つ星のうち4.0 22個の評価

著者について

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大江 健三郎
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1935年愛媛県生まれ。東京大学仏文科卒。大学在学中の58年、「飼育」で芥川賞受賞。以降、現在まで常に現代文学をリードし続け、『万延元年のフット ボール』(谷崎潤一郎賞)、『洪水はわが魂に及び』(野間文芸賞)、『「雨の木」を聴く女たち』(読売文学賞)、『新しい人よ眼ざめよ』(大佛次郎賞)な ど数多くの賞を受賞、94年にノーベル文学賞を受賞(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 「伝える言葉」プラス (ISBN-13: 978-4022616708 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)

カスタマーレビュー

星5つ中4つ
5つのうち4つ
22グローバルレーティング

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上位レビュー、対象国: 日本

2023年10月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
完全にリアリティーから逸脱した謎のテロ組織。具体的な大義がはっきりしないまま実行へ進むテロ計画。設定の部分でのもっともらしさを無視する感じが独特で新鮮に感じた。基本的にはどの人物にも純粋無垢な部分があり、作者の人間性を反映している。初期のころからとにかく描きたい感情が先にあって、土台の設定はちょっと無理でも勢いでごまかす感じが共通した特徴だと思う。前作のコミカルな感じがなくなってサスペンスフルなトーンになったのは面白さの向上に貢献していた。
1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2011年7月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本書のテーマはやはり「老い」だろう。
「もう老人の知恵などは/聞きたくない,むしろ老人の愚行が聞きたい」というエリオットの詩を基調低音のように響かせながら,新しい時代の老いのかたちを模索する物語が展開する。

お互いが死ぬほどの危機に陥った時,身代わりになると運命づけられているらしい「おかしな二人組(スウード・カップル)」である,建築家の椿繁と,著者の分身と思われる長江古義人の奇妙な活動が小説の軸である。核兵器という国家レベルの暴力装置に対抗しうる,個人レベルでも実行可能な暴力装置の開発に執念を燃やす繁。その繁の,自身の人生への闖入を,「ロバンソン小説」として記述するよう依頼される古義人。やがて古義人はその暴力装置のトライアルの場として,自分の別荘まで提供する羽目になってしまう。

しかし,この「老人の愚行」の企ては死人まで出して無惨な失敗に終わる。失敗の後に立ち戻るのは,やはりふるさとの四国の谷間の森であろうか。なかんずく森の中のお気に入りの大木である「自分の木」であろうか。

再び小説に取り組む意欲は衰えても,古義人は新たに新聞や雑誌などから,世界が滅びに向かう「徴候」を書き抜く作業に取り組む。この作業は,滅びに向かう世界をシニカルに笑うためではなく,村の子供たちに読んでもらい,いずれこの「徴候」に抵抗しひっくり返して貰うために書くのである。もはや自分が世界の滅びに抵抗できるわけではないが,その希望を子供たちに託したい,という事であろう。

このように,新たな時代で老いを生きる上で役立ちそうな新しい「イメージ群」が様々な形でちりばめられている。老いてなお,若い世代の人々とユーモラスに関わり,知的刺激を楽しみながら,世界の不条理に対して鋭い牙を持ち続け,「愚行」で対抗する事ができたなら,それはなかなか痛快な生き方と言えるだろう。

ただ,やはり小説として面白いかどうかと問われれば,あまり面白くはなかったというのが本音である。ようやくドラマらしいドラマが起こるのは本も最終盤に差し掛かった400ページ近辺であり,それまでは伏線となる構成要素の説明が長々と続く。ドラマが始まるのが随分遅く,読者はしばし辛抱の読書となるかも知れない。
9人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2005年12月19日に日本でレビュー済み
「取り替え子(チェンジリング)」「憂い顔の童子」からお話は続いています。この3冊は連続した小説ですが、それぞれの本で主題は微妙に異なり、最後のこの本で、作者の希望につながって終了するようです。様々なことについて描かれていますが、主に、生きていくことと死ぬこと、について書かれた本です。一章一章に不思議な味わいがあり、読後には独特の余韻があります。
15人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2015年1月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
知識ばかり肥大した子供爺さん。が大江健三郎という人間だと思います。
特に断筆からの復帰後はその傾向が強いような。

この作品も、良い歳をした爺さんが良くもまあこんな幼稚なことを書くもんだなぁと呆れつつ読んでいました。
ミシマフォンゾーン計画。失笑物です。

後期の仕事として大江が本当に書くべきものは気取った物語ではなくそれこそ私小説。
自作の中で大きな賞を獲った小説家と自分の分身を評し続けるみっともなさや、社会に出ず、実務面を妻や家族に押しつけて来たせいで
社会的な成長が出来ず老年になってしまった情けないニート気質。知的障害を持つ息子を音楽家に仕立て上げても色物としか受け入れられなかったという
滑稽さ。そういったダメ男としての大江こそいま書くべきものだと思います。

結局この人は最後までサロンコミュニストから抜け出すことがないんでしょうね。
初期以外読む価値がないとの評はまさにその通り。
5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2012年9月18日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
 
 古義人 ≒ 大江 の設定の利点のひとつに、読者たちに背景の説明を大幅にはぶくことができる、ということがある。
大江をよく知る読者であればあるほど、古義人が登場したとたん背後には、壮大なる(毎度おなじみ)大江の個人史が広
がり、物語は始まりもしないうちから底知れぬ奥行きと細部、無限のパースペクティブ(またこれかよ、と思うものの)
を獲得してしまう。ずるいじゃん。
 三部作「おかしな二人組み」の完結編ということだが、古義人はここで、北軽井沢の自分の別荘を爆破するという壮挙
を敢行した。実際、大江の北軽の別荘というのはネット検索すれば実在することがすぐに知られる。爆破されたと言う報
は聞いたことがない。

 遅れてきた老人であり、跳べない男である大江。小説家としての最高の成功と名誉を手に入れた大江。それでも人は足
りないのだ。全然足りないみたいだ。
 俺はなにか決定的な行動をやる男なのだ、ということを見せたいのだ。本当は革命をやりたかったのだ。ブルジョワの
象徴みたいな軽井沢の山荘など爆破してしまえ。
 そうでなければ、自分の血統のなかに一揆のリーダーであったり、決起の主導者であったりする人物がいなければなら
ない。
 あるいはまた、本当は僕は度胸があるんだからね、といいたいのか。
 さらには家族自慢だ。古義人≒ 大江の 両親も姉も、古義人ものが回を重ねるごとに、段々と凄みある人物に肉付け
されていくように思える。
 そして、読者にそのような自虐的な自画像を曝すこと、そこまでがこのフィクションの意図であれば、立派なものだ。

 まあ色々ございますが、この小説、内的緊張感と適度なユーモア、眩暈を起こさせるような虚実ない交ぜ感が絶妙にミ
ックスされていて、大江流「知のたくらみ」は存分に張り巡らされている。エリオットやらドストエフスキーやら、文学
的言及と薀蓄、世界的なテロの拡散への目配りなどおかずも盛りだくさんに詰め込まれていて「面白い、優れた小説」で
あると言っていいと思う。
 
 ただし、ある程度は 古義人≒ 大江 の継続的な読者でなければそうは感じないのではないか。大江もすでにお得意
様だけを相手に書いているようでもある。
 
 コギトワールドはこの次の「水死」においてもますます快調です。
10人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2022年6月2日に日本でレビュー済み
蓋し、
言ってしまうとですね、こういったメタ小説(まぁよく言えばポストモダン)的な
内容に圧倒的な広がりはないんですよ。
だってもう書いてる人が『老人』なんだもの。期待しても無駄ですよ。
だから、そこはもう割り切って、ただの戯言として読みのが一番ですよ。
そもそも明治大正の文豪と呼ばれる人は長生きなんてしなかったわけで、
自分が老いていくことを想像したら恐ろしくてたまらないから自死を選んだわけでね、
長生きしてしまったら、それだけ失うものも多いし過去の遺産を食い散らかしてしまうこともある。

某村上も、なんとなくそうなりつつあるのが、どうも悲しい。
まぁ、それはそれとして、過去の作品をもう一度読み返して感慨にふける方がよいと思う。
2014年7月16日に日本でレビュー済み
率直に言って、あまり面白くなかったです・・。

まず、ドストエフスキーの『悪霊』からそのまま取ってきたような、テロだかクーデタだかの計画に、
まったくリアリティが感じられなかった。繁の一味は古義人を軟禁はするものの、「ロバンソン小説」
の完成のためという名目で計画をペラペラ喋ってしまうし、「ジュネーヴ」の指令を受けているらしい
怪しい外国人2人(「ウラジーミル」に至っては、某カルト教団への武器提供の当事者という設定)が、
元自衛隊幹部との会合をセッティングして「ミシマ」の話をしたりしているのに、当局から全くマーク
されないということがあり得るとも思えなかった。

また、いちいち特異なキャラを立てた・あまり共感の持てない若者の一団が出てきて、一見型破りな
行動をしたり、登場人物が皆、なぜか語り手と遜色ないレベルの読解力を持っていて、何かと文学者の
テクストを読み解くことに熱中したりするのだが、もうそのパターンにはいい加減飽きてしまったというか、
こちらの予想をいい意味で裏切るものが最後まで何もなかった。

終始、古義人の老境による衰えばかりが強調されているが、確かにこの小説自体、以前のような文体の
魅力もなければ、あまりに都合の良過ぎる展開にもついて行けず、かつての名作に並ぶ水準の作品は
もう書けなくなってしまっているのだなと、何とも残念な感想を持つしかないように思われた。
3人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2005年11月6日に日本でレビュー済み
 主人公の老作家、長江古義人(ちょうこうこぎと)は著明なノーベル賞作家と設定されており、最近の2作品同様、作者の分身であることは明らかである。彼は、幼い頃からの友人で、米国から急に帰国した建築家、椿繁と北軽井沢の別荘地で隣人としての生活を始める。椿のもとには若い男女の共同生活者が合流し、やがて彼らが東京でテロを計画していることが長江の知るところとなる。このため、長江は自らの別荘に軟禁状態におかれる。物語は、この奇妙なテロ計画を縦糸にしながら、9.11事件、三島由紀夫事件、浅間山荘事件などの政治的なできごとや、作家のこれまでの文学活動に関する、会話や回想の形を取った、さまざまな記述を横糸にして進展し、悲劇的な結末に向かう。
 物語は精巧に書かれているが、展開に破天荒なサプライズはない。ストーリーで引きつける意図で書かれた作品ではなく、提起されたメッセージはあくまで文学的である。同時に含まれる政治的色彩を帯びたメッセージがどんなインパクトを有するかは見解が分かれよう。しかし、私小説的で教養主義の香りのする作家の語り口から、かってのような難解であまりに抽象的な表現は影をひそめていて、比較的読みやすい言ってもよいほどである。これも作品のテーマの一つである老境にふさわしいものであろうか。また、さまざまな事件や自身を含む何人かの作家と作品について、彼の観想を読みとることができる。この作家に親しんできた読者にとっては興味のつきない一面である。若い読者にとっては、作家の仕事の全体像を現在から過去に向かって鳥瞰するヒントがちりばめられている一冊ではなかろうか。
36人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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